Taroさんの意見の続き

2009-08-02 當山日出夫

Taroさん(いや、この場合、山本太郎さんと言ってしまった方がいいかもしれませんが)、コメントありがとうございます。

先に小形さんがコメントされた「馬鹿馬鹿しさ」、これは、どこかで「合意点」を見出すこと、このことが優先してしまって、(ある意味で、その内容はどうでもよくなってしまう)、このことを感じます。先日の、花園大学での「第3回のワークショップ:文字」の小形さんの発表は、直接、新序用漢字表についてのものではありませんが、「会議」で「文字」を決めることの問題点を考えさせるものであったと思います。(→後で、原稿、お願いしますね。)

ところで、Taroさんの指摘
『新常用漢字表(仮称)』の議論の正常化を要望したい
http://www.kt.rim.or.jp/~tyamamot/normalization.html

現代においては、より合理的で現実的かつ妥当な国語国字施策が必要とされている。他方で、文化審議会が『常用漢字表』を議論する際の各委員の責任の大きさは、およそ50年前の国語審議会の議論と同様あるいはそれ以上に重大である。学識経験者と専門家よりなる審議会は、精密かつ冷静で合理的な議論の積み上げによって、文部科学大臣の諮問に対して妥当な答申を出すという責任がある。その責任を正しく完遂するには、現在の漢字小委員会での議論に見られるような、議論の蒸し返し、非合理・不適切な主張を容認、放置しておくことはできないはずである。

これには同感します。

表外漢字(印刷標準字体)をそのままにしておいて、新常用漢字表は決められるはずがない、と言えます。言い換えるならば、まず、ワンセットで、表外漢字と新常用漢字表は考える(改訂する)ことになるはず。ただし、これは、表外漢字を再改訂の必要をいうのではありません。その影響の範囲を考えるべきだ、ということです。0213:04をふくめて。

また、そもそも、今回の、新常用漢字表が、期間をどの程度と考えているのかも、決まっていないというも変な話し。このあたり、「名称」をめぐる議論のなかで、さらに紛糾するでしょう。定期的に見直すのか、あるいは、今後、長期間にわたって運用するのか。

その論理的整合性と、証拠(実際の日本語の表記の実態調査)、が求められることは確か。今回の委員会には、いずれもが、欠如している。ただ、ひたすら、とりあえずの「合意」のみを目指そうとしているようにしか思えません。

繰り返し書きます。どのような立場をとるにせよ、漢字だけの頻度調査から、漢字だけを見ていて、漢字のことがわかるはずはない。考えるべきは、日本語の表記である。

當山日出夫(とうやまひでお)