『JIS漢字字典』とJIS仮名

2016-08-12 當山日出夫

ここで、『JIS漢字字典』について見ておきたい。私は、二種類のものをもっている。(ここでいう『JIS漢字字典』とは、日本規格協会から出版の本のこと。一般のJISコード字典の類ではない。これはこれとして、以前、ある研究会で発表したことがある。)


(1).芝野耕司(編).『JIS漢字字典』.日本規格協会.1997


(2).芝野耕司(編).『増補改訂 JIS漢字字典』.日本規格協会.2002


この二種類の『JIS漢字字典』は、その収録対象の文字がおおきくことなっている。先に、1997年に刊行のものは、漢字のみである。それも、第一・第二水準のものに限定されている。1997年の刊行であるから、『JIS X 0213:2000』の刊行前である。これは当然のことかもしれない。だが、注意しておくべきことは、これは漢字のみを対象としていて、非漢字……ここであつかっている仮名などが中心になるが……は、対象となっていない。


後で刊行の『増補改訂』版の方。これは、第三・第四水準の文字の追加をふまえて、漢字だけではなく、非漢字……仮名をふくむことになる……も、対象としている。これは、新しいJIS規格になって、漢字以外の文字なども増えたことを考えれば、当然のことかもしれない。


漢字の配列の方針も大きく異なっている。(1)の先に刊行の方は、第一・第二水準の漢字を、そのコード順に収録して、検索は索引(音訓索引・部首画数索引)でおこなうようになっている。これに対して、(2)の『増補改訂』版の方は、第四水準までの全部の漢字が、部首画数配列となり、それに索引(音訓索引)がついている、という体裁である。そして、漢字のあとに、非漢字(仮名など)が収録されている。


ここで、ある疑問がある。では、なぜ最初の『JIS漢字字典』(1997)では、仮名は対象としていないのであろうか。収録したとしても、その字数はわずかなものである。本にするのに困難が生じるというものではない。この本の主な編集方針が、JIS規格にふくまれる文字の解説であるにもかかわらず、漢字のみであって、仮名は対象となっていない。


それは、編集の意図が、漢字(JIS漢字)におかれていたことに起因すると思われる。


この背景にあるのは、JIS漢字批判である。いわく、この字がはいっていない、この字の字体が気に入らない、といった批判に対して、JIS規格で決められた漢字の氏素性をあきらかにしておこうという背景があってのことと、今になってふりかえってみれば、思うのである。


私の経験的知識からしても、確かにJIS漢字は批判された。だが、仮名はどうだっただろうか。JIS仮名への批判というのがあっただろうか……これについては、私の経験からすると、なかったとしかいいようがない。


JIS仮名は、変体仮名が書けない。だが、印刷史から見れば、かつては変体仮名活字がつかわれていた時代があった。ならば、変体仮名が書けないJIS仮名は、日本文化を正しく継承する役割をはたしていない、さらには、日本文化を破壊している、このような批判があってもよかった、はずである。だが、そのような批判はなかった。


そして、今般の変体仮名ユニコード提案についても、そのことへの批判もあまりないかわりに、大歓迎の声もさほど多くはないように感じている。一般には、コンピュータで変体仮名が使えるようになれば便利になる、この程度のうけとめようであろう、と私などは感じている。


では、なぜ、JIS仮名は批判されなかったのであろうか。