『秋萩帖』の翻字

2016-08-04 當山日出夫


私のもっている『秋萩帖』(影印)を見てみることにした。手元にあるものでは、次の二種類。


(1).『書道全集』第12巻.日本3 平安Ⅱ.平凡社.1954


(2).『書道藝術』(普及版).第14巻.藤原佐理 小野道風中央公論社.1976


『秋萩帖』を見るというよりも、その翻字を見てみる。(1)『書道全集』の方には、部分掲載。(2)『書道藝術』は全部のっている。ただし、両方ともモノクロ写真である。


翻字の方針は、ともに、漢字をつかって本文を翻字して、そのよこにルビのかたちで仮名(現行の平仮名)がふってある。


これはどういうことなのだろうか。完全に仮名(平仮名)と意識しているのならば、通行の仮名で翻字するはずだと思えるのだが。


ちなみに、『書道全集』には「北山抄紙背文書」ものっているが、その翻刻は、通行の平仮名である。


また、『書道藝術』の方を見ると、「継色紙」は、漢字(草仮名)に仮名でルビと、現行の平仮名が、まざった翻字。「本阿弥切」では、基本的に平仮名で翻字。


どうも、このような翻字の方針をみると、『書道藝術』『書道全集』の編纂されたときの意識としては、『秋萩帖』などは、草仮名であり、それは、真仮名を草書体で書いたもの、という意識で見ていたようである。


それから、参考までに近年になってから見た展覧会として、「書の至宝−日本と中国−」.2006年.東京国立博物館、がある。この図録にも、部分的に、これはカラーで掲載されているが、解説には、翻字はない。


また、現在は、『秋萩帖』は、WEBで見ることができる。『秋萩帖』は、東京国立博物館にある。


e国宝
http://www.emuseum.jp/top?d_lang=ja


秋萩帖
http://www.emuseum.jp/detail/100169/000/000?mode=simple&d_lang=ja&s_lang=ja&word=%E7%A7%8B%E8%90%A9%E5%B8%96&class=&title=&c_e=®ion=&era=¢ury=&cptype=&owner=&pos=1&num=1


ここ(e国宝)の改題を読むと、「平安時代・11〜12世紀」とある。この記載を信じるならば、あきらかに『古今和歌集』(905)より後の成立。『古今和歌集』は、平仮名で書かれたであろうから、この『秋萩帖』の草仮名は、『古今和歌集』よりも後になってから、草仮名で書いた文献ということになる。


この意味では、単純に、真仮名→草仮名→平仮名、という発展段階を考えるのではなく、平仮名成立後にも、草仮名は別の文字として存在していたことになる。


ともあれ、書道、書芸術の方面からのアプローチとしては、『秋萩帖』は、草仮名(草書体の真仮名)と見なしているといえよう。ところが、国文学・日本文学の方面になると、これは、平仮名の延長にとらえられることになる。さきにあげた、


笠間影印叢刊刊行会(編).『字典かな−出典明記−』(改訂版).笠間書院.1972


私が持っている本は、平成14年(2002)の203刷。この本、国文学・日本文学の方面における、定番中の定番の本である。学生が、変体仮名を勉強するのに手元においてつかう手引きとして、もっとも著名で代表的な本であるといってよい。この本においては、『秋萩帖』は、他の文献とならべて、平仮名(変体仮名)の連続のなかに位置づけられている。


さらに、『日本国語大辞典』(第二版)を見てみる。この辞典は、「あいうえお……」のそれぞれのはじめに、仮名の一覧がある。これの「あ」の項目をみると、「ひらがな」「かたかな」「万葉がな」と分類してあって、「ひらがな」なかに、『秋萩帖』の例も収録してある。もちろん、『秋萩帖』の巻頭の「あ」の文字もはいっている。ちなみに、この仮名字体の一覧の指導は中田祝夫とある。


「ひらがな」「かたかな」は、具体的文献からの集字(影印)で示すが、「万葉がな」は活字(明朝体)で書いてある。どうやら、「万葉がな」は漢字の用法としてみとめ、「ひらがな」「かたかな」になると、変体仮名をふくめて多様な字種があったと考えて作ってあるようである。ただ、これも、考えようによっては、草仮名という分類を立てなかったというだけなのかもしれない。「正倉院蔵万葉仮名消息文」も、「ひらがな」のなかにふくめてある。


以上のことを総合して考えると、どうやら、『秋萩帖』の文字を、草仮名とみなすか、それとも、平仮名にふくめて考えるか、立場によってわかれるようである。だが、すくなくとも、この文献の文字を平仮名(変体仮名)にふくめてあつかうことは、あながちまちがっているわけではなさそうである。