『JIS X 0213』 における変体仮名の判断

2016-08-03 當山日出夫


JIS X 0213:2000』では、変体仮名について、それを採録しなかった理由について次のようにある。


 変体仮名は、少数例ながら、書道の教科書などから採録され、採録の要望も出されていた。
 しかしながら、文字セットとしての変体仮名のレパートリの確定が非常に困難であると判断されたことと、採取例などに基づき、幾つかの変体仮名を追加することを想定した場合でも、”図形文字として十分に同定可能な安定した字形を示すことと”、”変体仮名とそのもととなった漢字の草書体とを明確に区別すること”などが困難であり、採録基準を満たせないと判断されたことから、変体仮名は、採録しないこととした。


この見解にしたがうならば、変体仮名の規格化には、次の問題点があることになる。


第一に、安定した字形を示すことができるかどうか


第二に、漢字の草書体との区別を明確に示すことができるかどうか


この二点が問題となったことになる。


このうち、後者、第二の問題点、漢字の草書体との区別を明確に示せるかどうかについては、つぎのように考えてみることになる。


草仮名といっても、その用例となるのは、かなり『秋萩帖』に用例をももめることになる。その『秋萩帖』の仮名は、通行の、仮名字典類において、一般の変体仮名と同列にあつかわれているという、事実がある。


これは、最初からそのように判断したというよりも、実際の作業過程(変体仮名の規格の立案のプロセス)において、そのようなことが、徐々に判明してきたといった方がよいと判断される。これは、私(當山)の感想としてである。


そして、そのうえで、第一の問題点を考えてみるならば、実際に、変体仮名の文字の選択の作業を開始してみるならば、意外と、一定のところに落ち着くということが、経験的にわかってきたということがある。この具体的作業については、すでにこのブログで示した、


高田智和・矢田勉・斎藤達哉

変体仮名のこれまでとこれから 情報交換のための標準化

情報管理 Vol. 58 (2015) No. 6 p. 438-446

http://ci.nii.ac.jp/naid/130005096681

https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/58/6/58_438/_article/-char/ja/


の論文を参照していただきたい。今般の作業においては、仮名字典の類、あるいは、実際の変体仮名表記の文献(たとえば、『秋萩帖』とか『元永本古今和歌集』とか)から、直接、文字をとっているのではない。すでに、精興社活字や「今昔文字鏡」など、近現代において、活字・フォントとして実際に運用されているものを基本にしている。それをもとに、各種の仮名字典類を参考に、文字を選定していった。


この意味においては、ある程度安定した字形を示すことが可能になっていると判断される。とはいっても、場合によっては、判断にまようような事例がないではないが、それはあくまでも少数にとどまる。大勢としては、変体仮名といえども、近現代の活字・フォントというフィルターをとおして見る限りにおいては、ある一定の安定性をもった文字として認定できると判断したことになる。


また、このことを逆にいえば、変体仮名ユニコード化されるということは、変体仮名フォントが作成されて、使用されることを、最終的には目的とすることになる。この観点では、すでに実際の文献・印刷物・書籍などで使用されている活字・フォントを基本にすることは、十分に意味のあることでもある。いやさらにすすんでは、現時点では、バラバラに運用されている活字・フォントを統合・総合して、ひとつのまとまりのあるものに仕上げていくという意義も見いだせよう。

草仮名は漢字か仮名か

2016-08-02


これまで考えてきたことをまとめてみると次のようになる。


仮名の種類として、
(1)真仮名
(2)草仮名
(3)平仮名
(4)片仮名


を認めるとして、(1)真仮名を、漢字から派生したものとして、書体の概念であつかうことは、特に問題ないだろう。


それから、(2)草仮名についても、これは、漢字の草書体であるのだから、漢字(楷書・行書)にもどすことができる、この意味では、書体の概念で漢字から派生したものとしてあつかうことに、問題はない。


だが、(3)平仮名、(4)片仮名になると、漢字とは別の文字と認定することになるのかもしれない。そうなると、漢字との連続性として、その書体ということはできない。むしろ、明朝体とかゴシック体とか、活字やフォントのデザインの観点からとらえることが、妥当であるように思われる。


ところで、草仮名は、漢字にもどすことができるといっても、実際には仮名(変体仮名)の一種としてあつかわれていることが多いように思う。たとえば、


笠間影印叢刊刊行会(編).『字典かな−出典明記−』(改訂版).笠間書院.1972


などは、今般の変体仮名ユニコード提案の企画で、重要な資料となった本である。学術情報交換用変体仮名のHPでも、出典のひとつとして明示してある。


術情報交換用変体仮名
http://kana.ninjal.ac.jp/


この本(『字典かな』)では、『秋萩帖』の用例も、変体仮名と同列にあつかってある。特に、用例の最初に掲出されることが多い。これは、『秋萩帖』が草仮名である、いいかえるならば漢字からそうへだたってはいない(あるいは、まだ漢字である)ことに起因する。この『字典かな』は、字母となった漢字から、その崩しの程度の順にならべるようになっている。(この観点では、他の変体仮名字典の類も同様である。)


そうなると、次のような疑問が生じることになる。『秋萩帖』の文字は、変体仮名なのであろうか(仮名として漢字ではない)、それとも草仮名として漢字との連続性をたもっているものなのであろうか。


つまり、草仮名文献である『秋萩帖』の用例を、変体仮名の用例として採用することは、妥当なことなのであろうか、ということになる。この点について、結論としては、ユニコード提案の変体仮名の企画においては、変体仮名のなかにふくめるという方針で対処することになった。


このような視点で、変体仮名の一覧(HPに掲載のもの)を見てみると、かなり漢字にちかい、漢字との連続性をたもっているようなものを多くふくんでいることに、あらためて気づく。


だが、その一方で、世間一般でいう変体仮名(崩し字といってもよいかもしれないが)を考えるとき、『秋萩帖』に見られるような文字についても、変体仮名の用例としてあつかうのが通例である、という事実がある。たとえば、『日本国語大辞典』(第二版)などがそうである。ユニコード変体仮名提案においては、世間一般の常識的見解にしたがうことになったのである。

草仮名の書体

2016-08-01 當山日出夫


昨日は、仮名の書体ということを考えてみた。このとき、平仮名と片仮名を例にだした。だが、仮名はこれだけではない。他に、真仮名、草仮名がある。では、真仮名、草仮名の書体はどのように考えるべきであろうか。


真仮名については、問題ない。ここでは、いわゆる万葉仮名の意味でつかっておくことにする。漢字一字一音の表記である。(このところ、厳密な議論をしようと思うならば、「万葉仮名」「真仮名」について厳密な意味用法の定義が必要になることは、承知しておくとしてであるが。)


ともあれ、真仮名については、基本的にその文字の形が漢字と同じであるので、漢字に準じてあつかうことができる。楷書体の真仮名がある、行書体の真仮名がある、といってもいいだろう。


これが、草書体になるとどうか。ここで、草仮名の問題にいきあたる。


一般的に定義するならば、草書体の真仮名、ということができようか。平仮名のように漢字から独立した形にはなっていない。文字の形としては、漢字の草書体を使用しているもの、このように認識することができる。


いいかえると、草仮名はまだ漢字なのである。漢字を草書体で書いている、それが草仮名であるといえる。この意味では、草仮名という書体を漢字に連続するものとして認定することに問題はない。階層構造として、書体・字体・字形と設定したときに、書体のひとつとして、草仮名をふくめることに問題はない。


ところで、草仮名がつかわれた文献資料としては何があるか。まず、思い浮かぶのは(日本語史・国語史というような分野の人間としてはであるが)、『秋萩帖』である。そして、今般の変体仮名ユニコード提案においても、『秋萩帖』は大きな役割をはたしている。『秋萩帖』については、改めて考えてみたい。

仮名の書体

2016-07-31 當山日出夫


昨日は、仮名の位相ということについて、ちょっとだけ考えてみた。今日は、仮名の書体ということについて考えてみたい。


書体、字体、字形……というように階層構造でとらえたとき、平仮名とか片仮名とかは、どこにどう位置づけられるだろうか。漢字から派生した文字として、この枠組みの中で考えるならば、書体のレベル、ということになるだろう。つまり、平仮名という書体、片仮名という書体、を認定するのである。漢字と、そこから派生した仮名を同じ枠組みのなかで論じようとすると、この考え方がいいように思える。


これはこれで、一見すると合理的な考え方のようにも思える。だが、別の観点から見ると問題がある。それは、明朝体とかゴシック体とかの問題である。現実に、仮名をコンピュータで使用するとき、そのフォントの選択と無縁ではありえない。いや、フォントの範囲のなかでしか、仮名を使うことができない。


では、明朝体の平仮名や片仮名、ゴシック体の平仮名や片仮名、これは、何の違いになるのだろうか。フォントの違いでもある。これは、具体的には、字形レベルの議論になるだろう。実際の文字における字形デザインを認識することになる。


そうではなく、書体のレベルの議論として、明朝体という書体とその書体でデザインされた平仮名や片仮名、と考えることもできる。これは、漢字を考えるときに、楷書・行書・草書などの書体を設定して、その書体の中に漢字の字体がある、と考えるのと同じである。


明朝体、ゴシック体、という書体が問題になることは、かなり以前、このブログでも論じたことがある。JIS規格や、常用漢字の字体を論じているつもりであっても、実際には、明朝体のデザインを論じていることになりはしないか、という問題である。


明窓浄机 YAMAMOMO 2010年3月25日
なぜ明朝体なのか
http://d.hatena.ne.jp/YAMAMOMO/20100325/1269496027


このような観点からは、明朝体やゴシック体という書体を認定して考えた方がよさそうである。そして、現実の問題として、コンピュータで使う文字としては、明朝体の平仮名とか、ゴシック体の平仮名とかを、使っている。フォントの問題としては、MS明朝とか、メイリオとかの問題になる。


となると、次のような問題が生じる。書体という用語をつかって、仮名の何をあらわすことになるのか。二つの観点があることになる。


第一には、平仮名や片仮名というものを、仮名の書体と認識する立場。仮名を漢字と同じように階層構造で把握するのには、この方式がよい。


第二には、具体的に文字をデザインするときの様式として、明朝体やゴシック体があり、そのなかに平仮名や片仮名があるとする立場。現実にコンピュータで使う文字を考えるには、この方式がよい。


以上の、二つの異なる立場あることになる。


現時点で、私としては、どの立場に立つということもないのであるが、論点の整理としては、以上のようになるかと思っている。

仮名の位相

2016-07-30 當山日出夫


文字の位相ということについては、笹原宏之の研究がある。

笹原宏之.『国字の位相と展開』.三省堂.2007
https://www.sanseido-publ.co.jp/publ/kokuji_iso_tenkai.html


では、文字の書体と位相はどのように関係するのであろうか。先にみた、石塚晴通の定義では、書体にこのような但し書きがある。


多くは其の漢字資料の目的により決まる


これを、位相と読み替えてもいいように私は思っている。私のこれまでの経験をいえば、石塚晴通は、公的文書(たとえば、宮廷写経とか開成石経など)と、私的文書とでは、異体字の出現に差があることを言っている。そして、HNGを見てみるならば、公的文書は、楷書で書かれるのに対して、私的文書は、行書のまじった書体でかかれることが多い。


場面・目的による違い、どのような人を相手に書いた文書であるのかによって、文字の書体・異体字率が変化していることが確認できる。これを、位相による変化ととらえてても、あながち間違いではないように、私は理解している。


では、文字の位相という考え方は、仮名にどのような関係があるのであろうか。


第一に、仮名という文字が、漢字という文字と、どのような位相の違いがあるか、ということがある。


第二に、仮名が漢字から発生したとして、それは、漢字のどのような位相における使用と関連するのか、ということである。


第三に、仮名にも、真仮名・平仮名・片仮名、さらには、草仮名もある。それぞれの仮名……これを、仮名の書体と言っていいのかもしれない、まだ、自信はないのであるが……は、それぞれに、どのような位相にあるのか。


だいたい以上のような問題点が、文字の位相という概念を、仮名と漢字について、まず考えてみなければならないことであろう。

IPA文字情報基盤データベース

2016-07-29 當山日出夫


このブログを再開してとりあえずめざしているのは、9月の表記研究会での発表である。そのときに、JIS仮名とユニコード仮名について、考えてみたいと思っている。そのための準備として、このブログに、思ったこと、気づいたことなどを書き込んでいく。


ところで、変体仮名ユニコード提案で、国立国語研究所と共同で開発にあたった、IPA情報処理推進機構)が、文字情報基盤データベースを公開している。


文字情報基盤データベース
https://mojikiban.ipa.go.jp/1bf7a30fda/


これは主に漢字を中心としたデータベース、あるいは、検索システムといえばいいか、であるが、この中に、変体仮名もふくまれている。


文字情報基盤データベース 変体仮名一覧

https://mojikiban.ipa.go.jp/1bf7a30fda/data/MJH

ここには、戸籍統一文字の変体仮名と、学術用変体仮名の両方が収録されている。


一方、学術用変体仮名については、国立国語研究所の方で、公開・検索ができるようになっている。


学術情報交換用変体仮名

http://kana.ninjal.ac.jp/


なお、この学術用変体仮名について、これまでに公にされた論文としては、次のものがある。


高田智和・矢田勉・斎藤達哉

変体仮名のこれまでとこれから 情報交換のための標準化
情報管理 Vol. 58 (2015) No. 6 p. 438-446

http://ci.nii.ac.jp/naid/130005096681

https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/58/6/58_438/_article/-char/ja/


そして、現時点では、ユニコードについて、日本から変体仮名が提案されている段階、ということになる。


このブログでは、ユニコード提案変体仮名について考えると同時に、そもそも仮名を規格化するとはどういうことなのか、そして、JISにおける仮名のあつかいはどうであったのか、このあたりのことを考えてみたいと思っている。

書体・字体・字形

2016-07-28 當山日出夫


学会発表というのは、公開の場であると思うので、そこでの発表資料(レジュメ)から引用するのは、許容の範囲と思う。以下、発表資料からの引用である。


今年(2016)年5月22日の、第114回訓点語学会での発表。
階層構造としての仮名字体 石塚晴通


漢字の書体・字体・字形、字種の定義、として次のようにある。


書体:漢字の形に於て存在する社会共通の様式。多くは其の漢字資料の目的により決まる。楷書・草書等


字体:書体内に於て存在する一々の漢字の社会共通の基準


字形:字体内に於て認識する一々の漢字の書写(印字)された形そのもの

(石塚晴通『図書寮本 日本書紀 研究編』1984


字種:社会通念上同一のものと認識され、一般的に音韻と意味が共通する相互交換可能な漢字字体の総合

(HNG運用にあたり便宜 2005)


とある。そのうえで、岩崎本日本書紀の事例をしめす。そして、次のようにある。


其の上位階層として、一つには省画仮名(省画口訣)・草体仮名(草体口訣)・増画字喃等は総て漢字から出自しているので、これ等を書体としてとらえる見方が成り立つ。つまり


書体:漢字から派生した文字の形に於て存在する社会共通の様式。多くは其の文字資料の目的により決まる。省画仮名(省画口訣)・草体仮名(草体口訣)・増画字喃等。


字体:書体内に於て存在する一々の文字の社会共通の基準


字形:字体内に於て認識する一々の文字の書写(印字)された形そのもの


このような定義は、漢字については、同意できることである。だが、仮名についてはどうであろうか。仮名といっても、真仮名(万葉仮名)・平仮名・片仮名がある。このうち真仮名は基本的に漢字をつかったものであるから、問題はないだろう。のこる平仮名・片仮名について、その書体を論ずることは、どのようにして可能であろうか。そして、それは、変体仮名の議論にどのようにかかわっていくのであろうか。


このようなことから、つづけて考えてみたい。


なお、引用にあたり、このブログのレイアウトの体裁にあわせて、インデント等をあらためた箇所がある。